旅する宇宙線はエネルギーの集合体

地球と宇宙線

「宇宙(放射)線」というと、宇宙空間を飛び交うエネルギービームを想像するかもしれません。しかし実際の宇宙線は、下表のような粒子の集合体です。

宇宙線を構成する主な原子核
粒子の種類 特徴
陽子(水素の原子核) 宇宙線の約90%を占める
アルファ粒子(ヘリウムの原子核) 宇宙線の約9%を占める、2個の陽子と2個の中性子で構成
炭素・酸素・鉄などの原子核 水素やヘリウムより重い原子核、残りの1%の主要部分

今回は、身近な存在でありながら意識されることのない宇宙線について、さまざまな角度から解説を試みます。

※宇宙線は宇宙放射線とも呼ばれますが、本コラムでは「宇宙線」の表記を統一して使用いたします。

1. 宇宙線とは

宇宙線の実体は、宇宙空間を飛び交っている高エネルギー粒子です。その約90%は陽子、約9%はヘリウム原子核、残りの1%はさらに重い原子の原子核や電子などです。

宇宙線は、さまざまな場所で生じます。太陽の表面からも、銀河系のはるか彼方からも、宇宙線はやって来ます。

宇宙線のうち地球外からやって来るのが一次宇宙線です。一次宇宙線が地球の大気と衝突して生まれる大量の粒子は、二次宇宙線と呼ばれます。

二次宇宙線の大半は、ミューオンと呼ばれる素粒子です。毎秒平均10個のミューオンが地上にいる私たちの体を通過しています。二次宇宙線には、電子や透過力が非常に強いニュートリノなども含まれます。

2. 宇宙線の「旅」

宇宙線

宇宙線は、ほぼ光速で真っ直ぐに移動します。ただし途中で磁場に遭遇した場合には、進行方向が変わるかもしれません。

長い旅の果てに地球と遭遇した宇宙線は、大気に突入して二次宇宙線を生じます。二次宇宙線は他の粒子と衝突して新しい粒子を生み出して、連鎖的に増加します。しかし地表に到達するのは、二次宇宙線のごく一部です。

3. 宇宙線の種類

一次宇宙線は、発生する場所によって、いくつかの種類に分かれます。

太陽宇宙線

太陽からやってくる宇宙線のことを「太陽宇宙線」と呼んでいます。太陽宇宙線の成分は、陽子やアルファ粒子が中心ですが、ごく僅かながら鉄など重い原子の原子核や電子も含まれています。太陽宇宙線のエネルギーは数メガeVから数百メガeVです。

銀河宇宙線

「銀河宇宙線」は、銀河系内で発生する宇宙線のことです。太陽宇宙線よりもエネルギーが高く、数百メガeVから1ギガeVのエネルギーがあります。発生源は、超新星の爆発などです。

銀河外宇宙線

エネルギーが1ギガeVを超える宇宙線は、私たちの銀河系を超えた外宇宙からやって来ます。発生源は、超大型ブラックホールが中心にある銀河などです。中でも特にエネルギーの高い1エクサ(1018)eV以上の宇宙線は、超高エネルギー宇宙線と呼ばれます。

4. 宇宙線の検出方法

地上観測装置

宇宙線を捕えるための観測機器にはさまざまなものがあります。最もよく知られた観測機器は、地表の広い範囲に配置された多数の検出器で二次宇宙線を捕える「地表粒子検出器アレイ」です。他にも空気中を進む宇宙線の蛍光を観測する「大気蛍光望遠鏡」や、空気中のミューオンの量を測定する「ミューオン検出器」などがあります。

宇宙線の検出器として特筆すべきものに、「クラウドチェンバー」と「シンチレーター」があります。

クラウドチェンバー

世界最大のクラウドチェンバー
出展 : 原子力科学館

発光イメージング

発光イメージングを用いてミュオンビームの分布計測に成功
出展 : 大阪大学

クラウドチェンバーは、荷電粒子を可視化する装置です。過冷却した水蒸気やアルコール蒸気を密閉した装置で、荷電粒子が通過すると小さな液滴が作られ、軌跡が「雲」として見られます。クラウドチェンバーは陽子やミューオンの発見に寄与するなど、宇宙線研究の初期に大いに役立ちました。

一方シンチレーターは、放射線に当たると蛍光を発生する物質のことです。シンチレーターはさまざまな宇宙線検出器に組み込まれて、粒子の種類やエネルギーを特定するのに役だっています。

クラウドチェンバーやシンチレーターは、宇宙線の航跡を視覚化できることから、教育現場で学生に対するデモンストレーション用としても活躍しています。

宇宙望遠鏡

専用の観測装置、すなわち宇宙望遠鏡を搭載した人工衛星を宇宙空間に打ち上げて宇宙線を観測することも可能です。

宇宙望遠鏡を用いると、外宇宙からの宇宙線を、地球上の大気に邪魔されずに観測することができます。

5. 宇宙線が重要な理由

宇宙線の研究は、学問の面においても実用面においても、とても大切です。

学問上の意味

宇宙線の粒子の構成比を測定することで、宇宙の起源や進化、そして星の形成に関する情報が得られます。

また宇宙線は、地上の加速器では作れない高エネルギー粒子を含んでおり、その観測が新しい粒子や物理現象の発見につながるかもしれません。

実用面への応用

電子機器や衛星への影響

宇宙線は、人工衛星に故障を引き起こすリスクを秘めています。地上においても、宇宙線は電子機器に誤作動を引き起こす可能性が指摘されています。誤作動の影響を正確に評価すると共に、確実な防御策を確立することが必要です。

気候研究への役割

気象の分野でも、宇宙線が雲の形成に影響を与える可能性が指摘されています。また樹木などに残った宇宙線量の変動の跡を分析することで、過去の気候変動の様子を解析できることが判明しています。

がん治療への応用

宇宙線の研究は、医療、特にがん治療の分野への応用につながるかもしれません。

中でも「ミューオン療法」が注目されています。ミューオン療法は、がんを攻撃する放射線として、ミューオンを活用する治療法です。ミューオンは物質を透過する能力が強く、従来の放射線療法では届きにくかった体の深部にあるがんも、確実に攻撃することが可能になります。

6. 宇宙線が星間航行に及ぼす影響

将来、人間が星間航行する際、宇宙線はさまざまなトラブルの原因になるかもしれません。予測されている問題は以下の通りです。

太陽の磁場について

太陽の磁場は、地球を含む惑星を宇宙線の高エネルギー粒子から保護する役割を果たしています。しかし星間航行の際には、太陽から遠ざかるにつれて磁場の保護効果が薄れ、逆に宇宙線の影響が強くなります。

人間に対する影響

星間航行の際に生じる宇宙線による乗員の被曝は、深刻な問題です。しかも航行期間が長くなればなるほど被曝が蓄積されて、乗員の健康に悪影響をもたらします。

電子機器に対する影響

宇宙線は、宇宙船内の電子機器にも影響を及ぼします。宇宙線の粒子が電子機器の半導体に衝突すると故障を起こすからです。

宇宙線は、航行システムの精度にも影響を与えます。宇宙線がセンサーや測定機器に干渉することで位置情報や速度の測定に誤差が生じると、目的地への到着が困難になるかもしれません。

7. 宇宙線の課題と謎

宇宙線を理解するためには、以下のような謎や課題を克服しなければなりません。まだ残るこれらの課題や謎のために、科学者たちは研究を続けています。

高エネルギー宇宙線の起源について

深宇宙探査の際、宇宙線は宇宙飛行士にとって深刻な健康被害を与えます。宇宙空間では、大気や磁場による保護が期待できないからです。

宇宙飛行士への影響や深宇宙探査時のリスク

深宇宙探査の際、宇宙線は宇宙飛行士にとって深刻な健康被害を与えます。宇宙空間では、大気や磁場による保護が期待できないからです。

人間が長期間強い放射線を浴び続けると、がん・白内障・心血管疾患・神経系の障害にかかるリスクが大きくなります。宇宙線は精神状態にも影響を及ぼし、注意力の低下・睡眠障害・疲労感の増大につながります。

気候変動との潜在的な関連性

宇宙線が地球の大気中で形成するイオンが雲の形成に関係し、それが気候に潜在的な影響を与えるという説が、これまで主流でした。しかし近年では、宇宙線が気候に与える影響は微弱だという説が多く唱えられています。宇宙線と気候の関係には現在も謎が多く、この分野を取り扱う「宇宙気候学」という新しい学問分野が提唱されているほどです。

技術的な障害との関連性

地球の磁場に守られていない人工衛星や高い空を飛ぶ航空機には、宇宙線が重大な障害を引き起こすリスクが常に存在しています。

また地上でも、電子機器はあらゆる場所で使われているので、思いがけないところに発生したエラーが、社会インフラに重大な影響を及ぼす可能性も無視できません。

8. まとめ

宇宙線は、宇宙空間を高速で移動するエネルギー粒子です。宇宙線を研究することは、宇宙の起源や進化の過程といった学問上の問題だけでなく、電子機器に対する影響や医療への応用などの実用的なテーマや将来の深宇宙探査についても、大きな示唆を与えてくれます。

トップページに戻る